明石の観光案内
明石市立天文科学館周辺の名所・旧跡をご紹介いたします
◆明石市立天文科学館 日本標準時 東経135度の通過する 明石市人丸町(人丸山中腹)の現在の位置に、1960年(昭和35年)6月10日時の記念日にあわせ時計台と天文台を兼備えた施設として開館し、2010年(平成22年)開館50周年にリニューアル予定です。国内現役最古の旧東ドイツ製プラネタリウムもその時に交換され 2代目にバトンタッチされます。また天文科学館の裏 人丸山上には1930年(昭和5年)日本標準時子午線標示柱が設置され、「トンボの標識」の愛称で呼ばれています。
◆柿本神社 万葉歌人 柿本人麻呂を祭った社 明石市立天文科学館の裏 人丸山のうえ。
◆月照寺 弘法大師の創建した寺院 柿本神社の隣りにあり月照寺の山門は、明石城切手門を明治6年に移築したもの。この切手門も1618年(元和4年)に伏見城薬医門を移築したもので歴史ある門です。
◆亀の水 天文科学館の西 柿本神社西参道入口にあり、1719年(享保4年)以前より湧水。亀の口から水が流れ出ており、播磨三名水・播磨十水のひとつです。
◆両馬川合戦跡 1184年(寿永3年)源平一の谷の合戦に敗れ海岸沿いを西に逃れた 平忠度(平清盛の弟)でしたが、源氏の岡部六弥太忠澄に追いつかれ小さい川を挟み馬を並べで戦ったことからこの川を《両馬川》と呼ばれるようになりました。その時 忠度は右腕を切り落とされその腕が埋められたのが《腕塚神社》といわれています。両馬川も昭和50年頃まで山陽電車人丸前駅北側に細い流れが残っていましたが現在は埋められ標柱が残るだけになりました。また標柱の北側には《馬塚》があり、平清盛の子 平経正(平忠度の甥)の馬を埋めたとされる碑が残っています。
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